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頭蓋のなかに銀河

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中村一義の帰還

100sの三枚目のアルバム『世界のフラワーロード』を聴く。

傑作。捨て曲一切なし。感動した。最高。泣いた。

いくら幼稚な言葉を尽くしてもこの名状し難い感慨を上手く言い表すことは出来ない。
悔しい。

代わりと言ってはなんだが、以下にこれまでの中村一義、100sを振り返って僕なりに彼らとそのファンをめぐる試論を書いてみた。全ては僕の推測の域を出ないので、どうかあんまり目くじら立てずに読んでください。僕は中村一義、100sのみんなを心から敬愛しています。

そもそも中村一義という人は、パーソナルな情報をファンに向けて躊躇なく開示し、またそういうオープンな一種の「小ネタ」化した自分の日常を曲に反映できる稀有な日本のミュージシャンだと僕は思っている。
具体的には、彼の生い立ちや家族、友達、結婚などについて。特に初期ソロ時代においては、自分の部屋兼録音スタジオを「状況が裂いた部屋」と名づけて歌詞のなかに登場させたり、ファンクラブの広報や雑誌などのメディアに家族やペット、生まれ故郷である江戸川を紹介するなど、徹底したプライベートの(こういうと悪く聞こえてしまうかもしれないが)切り売りをしている。ファンとしては、
「そんなことまで教えてくれちゃって大丈夫なの?」
と心配になるほどだが(身内の不幸まで律儀に公式サイトで発表するのだから)、しかし、これはもうすでに中村一義の計算のうちらしく、その一見音楽となんの関係もないように思える情報が、結果的に中村の音楽の土台になっているという奇妙な構造が出来ている。彼自身は作詞について「日記のような感覚で」書いているとのことだが、僕は中村一義という音楽家は、狙って自身の曲や詞のなかに「開示したプライベート」を織り込み、それを音楽自体の魅力増幅装置に昇華させてしまえる才能を持っていると考えている。
だからソロ時代の中村の曲は非常にパーソナルなものでありながら、リスナー一人一人の人生の物語にも共振し、結果的に多くのファンを生むことになったのではないかと邪推する。

で、バンド結成以降=100s名義に突入した中村の音楽からいくらかのファンが離れていった原因だが、これも僕の勝手な推測に過ぎないが、中村一義という一人の青年の物語が、バンドサウンドに移行することで「混濁」し、純粋な中村一義の物語を求めたファンのなかで拒否反応が出たことが挙げられるのではないだろうか。
つまり、中村一義が好きだった人は、中村以外の人間が彼の音楽に深く干渉することに極端な嫌悪を示し、結果「100s」というバンドの新しい物語には食指が動かなかったということだ。

では、今回の『世界のフラワーロード』がタイトルにある「中村一義の帰還」たる所以とは。
つまりは中村一義以外の100sメンバーが『OZ』『ALL!!!!!!』期に比べて一歩退いたカタチになったことが功を奏したのではあるまいか。単純に他のメンバーが中村のバックバンド化したという話ではなく、つまりは中村を前線に立たせて、彼らは援護射撃に徹した、という意味である。
アルバム中には池田貴史や小野眞一が書いた曲もあるから、曲作りに関しても決して中村一人で行ったわけではない(100s寺子屋SPより)。
だが、今回のテーマが中村の「原風景」であるということが示しているように、あくまでもアルバムの主役は中村一義なのだ。結果、自然と中村らしさ=ソロ初期に通じる中村のプライマルな音楽性が発揮され、中村一義のソロ作品的な度合いが強くなった。
僕は決して今までの100sのアルバムを否定しているわけではない。むしろ今までの作品があったからこそ、今回の『世界のフラワーロード』があるわけで、『OZ』も『ALL!!!!!!』も単なる通過点以上の佳作であることは間違いないのだ。
しかし、今回の『世界のフラワーロード』が100sというバンド体制を100%生かしきっているという点で、最高傑作である、と僕は考える。今後、100sがどういった活動方針を打ち出していくのかは予断を許さない状況だが、バンドとして更なる飛躍を遂げるにしろ、またソロへと戻って中村一義の物語を深化させていくにしろ、この『世界のフラワーロード』というアルバムは、これ以上ない門出の作品になったのではないか、と僕は思っている。
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by high-zyanose | 2009-07-09 01:13 | 人生
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